現代風俗研究会 2026年度3月例会 2026/03/12
【日時】2026年3月28日(土)午後2時~午後5時
【会場】会場:徳正寺さん
【発表者】垣沼絢子さん
【テーマ】「宝塚歌劇、東宝レヴュー、ヌード 近代日本の身体統制」

 『近代日本の身体統制:宝塚歌劇、東宝レヴュー、ヌード』について、お話させていただきます。本書は、レヴューという舞台芸術がどのように日本で展開したかを論じたものです。これまでレヴューについての論考は様々にありましたが、特に私が注目したのは、「ヌード」という観点です。実のところ、私の関心は、「日本にはなぜトップレスのヌードレヴューがないの?」というところからスタートしました。

 日本にレヴューが入ってきた1920年代、宝塚少女歌劇団が中心となって受容したパリのレヴューは、ジョセフィン・ベイカーが大活躍するまさにその時期のレヴューでした。彼女はバナナを模したスカートを腰に巻き、トップレスでセクシーに踊り、「黒いヴィーナス」として世界を席巻しました。残念ながら当時の宝塚は「少女」歌劇団であったため、レヴューとヌードは切り離されることになりましたが、第二次世界大戦後、宝塚出身の演出家たちは、東宝という関連会社で、ヌードレヴューを日本でも実現させました(当時、これは「ストリップ」と称して流行しました)。彼らにとってヌードは何だったのか――これが、私の研究の出発点となる問いでした。

 その後、色々と調べていく中で、戦後ヌードレヴューが始まった頃の日本ではGHQ/SCAPによる検閲があったことに気が付きました。そこで、アメリカの国立公文書館に行き、検閲資料群を片っ端からめくってみました。その結果、台本の事前検閲が一般的であった通常の演劇検閲とは異なり、ヌードレヴューの検閲は、リハーサルの見学が最も重要であったこと(台本に内容がほとんど書かれていないから)、その際に変更しなければならなかった点はプログラムの印刷修正には間に合わなかったこと(印刷後にリハーサルがあったから)、など、当時のヌードを取り巻く検閲の実態がわかりました。また、ヌードを見せることで観客への倫理的な「悪」影響が懸念された際に、保護対象となっていた観客とは、実は日本人ではなく客席にいたGHQの隊員たちであったことも分かりました。当時の日本での民主化や性の解放運動は、日本人だけでなく駐在兵へも強い影響を持っていたわけです。

 ヌードレヴュー劇場では、日本人の身体論に取り組む実験的な試みもありました。ヌードに面をつけて能を演じる、といった伝統芸能の実践です。大阪では、武智鉄二という前衛演出家がその中心でした。のちの彼の伝統芸能論や身体論(民族論)のはじまりは、実はこの「ヌード」の実践だったのではないか――これが、本書での、最後の問いとなりました。

 当日は、その後の調べで分かったことも、いくつか織り交ぜる予定です。実は検閲資料群は、日本の国会図書館(憲政資料室)にもマイクロフィルム等で入っており、わざわざアメリカに行かなくても誰でも見られます。とはいえ、デジタル化したデータで見るよりも、直接現物資料を見に行く方が私は好きです。鉛筆のメモ書きや紙質、ファイリングの方法等、文字以外の情報がたくさんあるからです。最近よく行く外交史料館(麻布台ヒルズの隣)の資料も確認しながら、今後の展望もお話できればと思います。 

 

 

現代風俗研究会 2025年度 10月例会 2025/10/01
日 時 : 2025年10月11日(土)午後2時~5時

場 所 : 徳正寺さん

発表者 : 塩谷昌之さん

「東京銀座街風俗記録の一世紀間比較は可能か」

今和次郎・吉田謙吉らの調査グループが、1925年初夏 東京銀座街風俗記録を実施してから100年が経過した。最初期の考現学が「銀ブラ」現象を理解するべく打ち立てた都市風俗調査の金字塔は、現代に至るまで少しずつ継承されてきた。調査区間の境界となった京橋および新橋の親柱は現存し、当時の調査方法はアレンジを加えながらも再現され続けている。2025年においても、一世紀間比較を目指した再現調査が複数のグループで実施されたようである。

考現学の銀座調査には、「統計」として全体を把握する態度と、「断片」として風景の一部に焦点を当てる態度があった。加えて、当初より定点観測として調査が継続されることへの期待もあった。しかし、その徹底的な数え上げの方法にはかなりの瞬発力と労力が必要となり、継続をする上での困難がある。

報告者もまた、2025年に再現調査を行った一人であるが、その結果を100年前の調査および他の再現調査と比較することの難しさを感じている。今和次郎らが積極的に論じてきた西欧化の時代を超えて、現在の日本では大通りで和装を見かけることすら稀になった。また洋装を見る上でも、そこに現代ならではのファッション性を見出さなければ有効な分析になるとは言いがたい。

今回は、報告者の実施した再現調査の結果報告とともに、「統計」にこだわりながら、いかにして適切な比較や発見が可能になるのかを議論してみたい。

 

 

7月例会のご案内 2025/07/04
日時:2025年7月19日(土)午後2時から5時
場所:京都府教育文化センター204号室(京都市左京区聖護院川原町4-13、京大病院南)
発表者:内田忠賢さん
コメンテーター:疋田正博さん


現風研をふりかえる‐初期(70年代後半~80年代)現風研と民俗学、そして多田道太郎の風俗学‐


 先ごろ、永井良和さんが『社会学評論』39巻2号(2023年)に「文化社会学のおおよそ四〇年をふりかえって」という学史エッセイをお書きになりました。1980年代、大学生、大学院生、助手として、永井さんにくっついて現風研で過ごした者として、しみじみ拝読しました。そうや、そうやった…民俗学をこころざした永井さんは現風研と出会い、社会学という分野で歩き始めました。同じころ、わたしは地理学という分野で歩き始めます。その一方、民俗学や文化人類学ともかかわりながら現在に至っています。

 多田道太郎さんや鶴見俊輔さんたちが民間学、市民学としてスタートさせた風俗学ですが、すでに民間学、庶民の生活をしらべ、かんがえる学問としては民俗学がありました。民俗学の祖といわれる柳田國男さんと初代会長・桑原武夫さんは親交がありました。また、2代目会長の多田さんは早い時期から、風俗学と民俗学の関係についてくりかえし発言しています。でも、永井さんや私が入会した1980年頃には、現風研は社会学に近い立ち位置になりつつあった気がします。入会して45年を越えた今、現風研とは何だったのだろう?と考えるようになりました。最近入会された方には、ごめんなさい、今回は初期の現風研について、ふりかえりたいと思います。

 現風研は、柳田さんの愛弟子、今和次郎(こん・わじろう)さんが提唱した考現学の流れをくみます。現風研では、風俗学と考現学の関係を疋田正博さんが精密に読み解いておられます。そこで今回、疋田先輩にもご無理お願いし、ご登場いただくことになりました。

 現風研創設から約半世紀、二人の昔話におつきあいいただければ幸いです。


疋田正博(1986)「今和次郎・吉田兼吉の「モデルノロジオ」」『現代風俗86』
内田忠賢(2025)「民俗学と風俗学、そして現代風俗研究会」『今を生きる民俗学‐民俗学・文化財・博物館』昭和堂

 

 

2025年度5月例会のご案内 2025/04/20
日 時 : 2025年5月10日(土)

午後2時~5時

場 所 : 徳正寺さん

(京都市下京区富小路通四条下る徳正寺町)

発表者 : 杉村典行さん(2024 年度橋本峰雄賞)

タイトル : 「ガチャガチャ〜駄菓子屋の前の等身大文化」

【内容要旨】

ガチャガチャの定義、ガチャガチャがいかにして当時の子供達に受け入れられたか、その歴史的背景や理由、遊びとしてガチャガチャの構造、「駄」の魅力、など昭和の話を中心にお話できればと考えております。

 

 

現代風俗研究会 3月例会 2025/03/01
日時:3月8日(土)午後2時~5時

場所:徳正寺さん

発表者:井上章一さん



はやり唄の二都物語
―エキスポ70前後の京都と大阪―

 御当地ソングとよばれる唄が、流行歌のなかにはあります。「雨の御堂筋」とか「京都の恋」なんか、そうですね。

 なぜか、広島をうたったものに、あまり聞きおぼえがありません。私が想いだせるのはカープとからむ曲だけです。原爆が投下された街は、気軽にあつかいにくいからでしょうか。そうでは、ありません。なぜなら、同じ被爆体験のある長崎は、よくうたわれるからです。

 名古屋も、御当地ソングは、少なそうですね。まあ、ドラゴンズがらみの曲は、記憶のなかにありますが。とにかく、よく唄になり、それのはやる街があるいっぽうで、そうならない街もある。そこには、何か意味がありそうです。都市を論じるさいに、流行歌は一定の意味をもつということでしょう。

 当日は、京都と大阪の唄を考えます。リズムやメロディーは、検討いたしません。もっぱら歌詞を問題にします。そこから、この二都市のかかえる社会史がうかびあがるのではないか。そんなことをもくろんでのお咄です。パソコンはいっさいつかいません。舌先三寸だけのスピーチです。咄家さんのようにできれば、ありがたいのですが。

 


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